元来、職人はコミニュテーの要求により生まれ育てられ重宝されてきた。しかし、コミニュテーは住まいをつくり補修する役を職人から企業に譲った。近年、不良建築物が増えている。 原因は匠にある。環境の変化で匠が育たないのだ……。
私の故郷、愛媛県越智郡菊間町は瀬戸内海に面した農村でヨイショと小高い丘に腰を下ろす、ゆっくり往来する馬車、田んぼを耕す牛、庭に放し飼いの鶏、河川の雑草を食べるやぎ、門前で吠えるスピッツ(犬)、日溜りで昼寝する猫、蓮華草には紋白蝶、鼻筋を撫でる潮風、ひねもす穏やかな瀬戸内の海、日に焼け目尻に一杯の皺を寄せ白い歯で笑い挨拶する人等…長閑な環境で、昭和30年代の日本のどこにでもみられた風情です。当然、この町にも職人さんが住んでいましたし、子供の目にも鮮明に映りました。
鍛冶屋:鼻を付くコークスの匂い、耳に入るトンカチトンカチ一定のリズム、薄暗い作業場、閃光と燃えるコークスそして焼けた鉄、煤けた猫背の老職人。
大工:木の香り、シュ シュと一定のリズム、明るい作業場、かつぶしが一杯? ドラム缶に薪(木片)、職人は颯爽としていた。
左官:竹・赤土・藁・水・練桶・鍬・鏝……、重労働、1年掛けで壁を仕上げる職人の手は分厚く荒れていた。
瓦職人:海沿いの荒屋、大きな竃と真っ赤な火、休憩毎に曲った腰を伸ばす老職人の白い目と黒い手。
労働の汗は無色透明で清々しいと環境は職人の存在感を子供の目と耳を通して認識させたようです。また、環境は経済的にゆとりがなかった勤労者に有り余るほどの時間と心にゆとりをもたせ、優秀な人材を輩出しました。
当時の施主は工事を発注する前に職人達のつくったものを丹念に調べ歩き、気に入った作品があれば更にそれを購入した住人より使い勝手などを聴取し検証し、依頼する職人を選定する。又、町内に気に入った作品が見付らない(職人が居なければ)場合は隣町にまで範囲を広げ探す徹底振りであった。ですから、職人が小さな町で商いするには良いものを安くつくり評判を取りその信用を維持し尚且つ信頼に結び付けるために日夜努力しなければなりません。その中から気に入った職人を探し当てそして工事の打合せに入ります。この時、施主は自宅に職人を呼び工事内容や発注条件を相談しより良い条件等を引き出そうとし且つ職人に使命感を与えるよう接待します。更に工事契約が終り工事に着手すると施主は客でもない職人に甲斐甲斐しく接客するのです。
皆さんも御存知の通り接客は工事完了まで毎日続けられますが、何故か接客係り(奥さん)の接客態度は終始にこやかであった。この慣習は施主にとって重労働でお金の掛ることですが、双方が納得のいくものをつくる為には欠かせないことだと心得ていたのでしょう。
このようにして職人と綿密に報告・連絡・相談を受け、次第にものが出来あがっていきます。施主が尊敬と労いを持って職人に接することにより職人は誠心誠意をもってものをつくるようになる。この当時の消費者の仕事に関する目は厳しくもあり優しくもあった。このような施主と職人の関係が当時多くの優秀な職人を生んだ一つの要因と考えられます。
近年のものづくりの環境は、戸建てにも集合住宅の新築現場にも施主の姿は無く、施主の代りに職人を理解し育てた50才以上の殆どの優秀な監督が5年くらい前にリストラで現場より姿を消し、今や施主の代行はハウスメーカーや建設会社に勤務する机上論の得意な若者であり、職人は口煩い高度の施工技術をもつ匠から"yes"マンの若き似非職人が主体となりものがつくられていると聞いております。このような環境下でつくられる建築物に良いものはなくそれを裏付ける阪神・淡路大震災における被害の分析、また、秋田県木造住宅などの欠陥住宅問題等々、国民生活センター等に住宅に関する相談件数は増加し続けており、近年住宅の瑕疵保証が重大な社会問題となってきております。
魂の入らない(金儲け主義)現場でつくられる建築物には多くの不具合が生まれ、この補修をまた似非職人が行う後は推して知るべし。
我が国の建築工事は新築:リニューアル=4:6に近づきつつあり、建築物へのとらえかたもスクラップアンドビルドから建物の長寿命化へと移行しています。この流れは職人教育にとって千載一遇の好機と言え、リニューアル建築物の多くは居住者や持ち主の顔があり、昭和30年代の職人と住人の関係が再構築されれば再び職人に使命感や満足感等が得られ、強いては技術の向上にも繋がるからです。ただし、この環境整備の最大の難問題は施主が昭和30年代の施主と比べ工事に関する興味や関心が希薄でものづくりへの参加意識が低いことです。そこでこの難題を解く一つの手段として『匠の魅力』を連載することにしました。
『匠の魅力』の主人公は、協会に登録している若い塗装と防水職人さん、それに先人匠より伝承された技術を後輩達に伝承するため孤軍奮闘している今尚現役の匠達です。彼らのものづくりに対する姿勢と喜怒哀楽、そして彼らが探求する現代的匠=職人のあり方等を紹介しながら彼ら匠の魅力に迫れたらと考えています。